その手で 26.ミズと橋栗家
来たくはなかったけれど家に帰るよりは快適なのでまたモナの家に来てしまった。
実際、レアチーズケーキというものは美味しかったし、紅茶も美味しかった。普段は見ないテレビを二人で見て、モナにピアノの弾き方を少し教えてもらった。ピアノは触れば音が出るのに、私の音とモナの音は全然違った。不思議なものにまた出会ってしまった。
ピアノに興味がわいた、と言うと、今日もモナはピアノを教えてくれた。この世には五線譜というものがあって、ト音記号というものがあって、四分音符というものがあるのだとモナは教えてくれた。そして私の背中越しに『きらきら星』を弾いてくれた。何度か繰り返すうちに私も覚えて、人差し指でだけれど弾けるようになった。
ふっと、モナが私を抱きしめる。私が様子をうかがっていると、さらにモナは力を込めた。
「モナ?」
「ミ、ミズ。おひるね、しない?」
なんだ、疲れて眠くなったのか。私は「いいよ」と答える。モナはこっち、とベッドまで案内する。アイアンフレームに黄色の花柄の掛け布団。このサイズなら二人で寝ても問題ないだろう。
ぽいぽいとスリッパを脱ぎ捨てて布団に入る。濃いモナの匂いがした。モナも続けて布団に入る。少し熱いので本当に眠かったらしい。
モナの顔が、私のすぐ目の前にある。そばかすだらけで睫毛が長いキリンみたいな顔。この距離じゃ吐いた息を吸い合って酸欠になりそうだ。
「ね、ねえミズ、ミズってキスしたことある?」
「あるよ」
モナが切ない顔をする。捕食される前のキリンだろうか。
「それって、イク先輩と?」
隠す必要はないと思ったので頷く。
そっか、そうだよね、とモナが独りごちる。
モナが私の肩を押してスプリングの効いたマットレスに私を溺れさせる。身動きが、取れない。
「じゃあさ、モナともできるよね?」
モナがゆっくりと顔を下ろす。私は咄嗟に横を向いた。
「なんで? モナたちおともだちだよね」
イヤだ。怖い。私の頭がこんなに速く動くなんて珍しい。モナに何されるんだろう。友達ってこういうことするの?
モナの手がセーラー服の中に侵入する。私の肌を冷たい指先が撫でて、膨らみに触れる。モナの目が怖い。モナの手が怖い。モナの吐息が怖い。
「ここは触られたことないんだよね? ね?」
饒舌になったモナが私の耳を噛む。イヤだ。気持ち悪い。でも、どうやったら逃げられるのだろう。くすぐったいような嫌悪感で震えた。
ひとしきり私の胸を触っていたモナが、今度は太ももに手を伸ばす。
「ひぁっ」
なんでこんな声が出るんだろう。冷たいから? くすぐったいから? なんで?
爪先で内股を撫でられるたびに私は私じゃない人みたいな声をあげた。
どうしてこんなことになっているのだろう。なんで? 分からない。友達って何?
――でも決定的に分かるのは、吐き気がするほどの嫌悪感だ。
彼女の手がショーツにかかったとき、私は思いっきりモナを突き飛ばした。
モナがベッドから落ちて私を見上げる。
「ミ、ミズ?」
「イヤだ。やめて」
「ご、ごめんミズ……モナは、モナはミズのこと好きで」
「それでもイヤだ」
「き、嫌いになった? モナのこと、嫌いになった?」
私は黙りこくってただただ彼女を睨み付けた。
「ごめんなさい! イヤだ、ミズ、嫌いにならないで。ごめん、ごめんね、ミズ。ミズってば」
私はベッドから降りるとモナを一瞥して、帰る、とだけ伝えて後にした。
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