2020.09.09 23:40022気付いてないでしょう中学生のとき、とても仲のいい男の子がいた。当時は携帯電話の時代で、「ガラケー」とも呼ばずに「ケータイ」と呼んでいた。彼は同じ部活の同級生で、いつも一緒にいて、学校の帰りはよく一緒に寄り道をした。寄り道と言っても道端でなんでもない話をずっとしているだけだ。ケータイでもよく話をした。当時の料金プランが「三人まで通話し放題」というもので、彼をそ...
2020.07.07 23:29021/恋人の残り香自分の布団とは、あまり仲がよくない。よく蹴飛ばして起きたら足元で小さくなっている。そのくせ抱き枕になっている親密な日もあれば、どっしりと僕に覆い被さって逃してくれない日もある。要するに僕の布団は気まぐれなのだ。と、布団のせいにする僕が気まぐれなのだろう。そんなに高くもなかったチェーン店の布団。それに僕は満足している。一緒に寝た恋人たちの残...
2020.07.06 23:34020/かわりゆく幼い頃ってどうしてあんなにいろんなものが平気なのだろう。ナメクジを飼ってみたり、バッタを釣ったり、ザリガニを捕まえたり。今ではできない芸当だ。ダンゴムシも、昔は大好きだった。つっつくとコロンとまるくなり、それを手のひらで転がして遊んでいた。体が広がると無数の細い足が天に向かってうじゃうじゃと動き出す。そうはさせまいとまたつっついて丸めて遊...
2020.07.03 00:18019/生きていること僕が初めて蛙を見たのは、車に轢き潰されたウシガエルだった。薄く伸びたゴム風船のようだと思った。口からはみでた赤黒いものが、かつてこれが生き物だったのだと表していた。生きているのかどうか。生きていたのかどうか。その判断はむずかしいと幼い僕は思った。その後、動物園で毒蛙たちをみた。カラフルで、毒々しくて、人工物みたい。きっと彼らも轢き潰された...
2020.07.01 00:06018/貧富自分の家が裕福であると気づいたのは、家そのもの、建物そのものが立派であることに気づいたからだった。住宅街には僕の家と大差ない大きな家が並んでいた。同じ区画の同じ家ばかり。けれどこの小さな世界ではスタンダードでも、一歩出たら違っていた。親が病で生活保護を受けている家庭の友人がいた。市営住宅だという彼女の家に遊びに行ったとき驚いた。壁が、コン...
2020.06.30 00:05017/ひとりになれる夜入院中、僕はあえて昼夜逆転していたことがある。眠剤が効かないとか不眠とかではなく、昼間に寝られるだけ寝て、夜中起きていた。昼間は、他の患者たちの声がした。楽しそうに談笑する声。怒り狂う声。泣き叫ぶ声。そういったものが怖くてたまらなかった。幻聴すら混ざっていたと思う。なので逃げるように昼は寝た。夜。するのは道路を車が走る音だけ。静かで、暗く...
2020.06.27 23:21016/不自由な昼 僕は高校二年生で中退している。病が原因だった。 一年の途中から行けない日が増え、昼間、外を出歩くことが増えた。 遊び歩いていたわけではなく、学校へ行く前に病院へ行き、飲食店で昼食を取ってから登校した。もちろん、制服姿で。「制服を着た高校生がこんな時間にレストランにいるの?」という視線はいつも感じていた。 責められるような、不良を見るよう...
2020.06.27 01:01015/朝の贅沢 誰も起きていない時間が好きだ。世界に一人だけ生まれてきたような特別感があるからだ。 起きて、スマホをチェックして、顔に朝専用のパックを貼りながら手帳を書く。インスタグラムに載せたらパックを外してクリームを塗る。それからはノートに書きたいことを書いて、英語の勉強を少しして、それから読書する。それが僕のルーティンだ。 ルーティンの中にいると...
2020.06.24 23:47014/冬のニオイ 季節にはさまざまなニオイがあると思う。 そのなかでもとりわけ僕は冬のニオイが好きだ。 冬の玄関。僕はこのニオイで冬が来たことを自覚する。 形容しがたく「冬のニオイ」としか言えないのだが、胸にすっと入ってくる冷たさが心地よく、自然とワクワクしてくる。 まるで玄関から(本来は煙突からだが)サンタクロースが入ってくるのを期待しているような気分...
2020.06.23 23:59013/赤いもみじに「紅葉が隠してくれるから大丈夫だよ。こんなにも赤いんだもん」 山の斜面にある神社。僕は彼女とキスをした。 学校帰り。抑えきれない衝動。触れたくてたまらなかった。 どこなら人がいないだろうと神社に入った。そこには真っ赤に燃える楓の大木があった。「こんなところではずかしい」 そうはいっても彼女は抵抗しなかった。唇を合わせ、舌先で触れ、唾液が滴...
2020.06.22 23:47012/多様な学生たち 僕は夏になると東京へ行く。大学のスクーリングを受けるためだ。 僕は持病のために大学へ通うことができず、こうして通信制の大学に在籍している。 東京は空気の匂いが違う。洗練されていて、そしていい意味で他人行儀。人に深く立ち入らない寛容さが僕は好きだ。 スクーリングへ行くと、キャンパスには一見学生には見えないような人がほとんどだ。 食堂ではマ...
2020.06.21 06:48011/桜グッズと僕の死 桜が散ると、僕は一度死んでしまったような気分になる。心の中が空っぽになって、その孔に桜吹雪が吹き抜けていくような悲しさがある。僕が「さくら」という名だからだろうか。 本名は別に「さくら」ではない。かすりもしていない。人生で初めてチャットをしたときに使った名前が「桜井」で(このときは嵐のファンではなかった)、そこから「さくらちゃん」と呼ば...