その手で 32.イクと教室

 あの日からナイは「忘れ去られた場所」に現れなくなった。たまたま同じ時間にいないだけなのか、モナと仲良くなって教室に居られるようになったのか。どちらにせよ俺は受験はしないし、就職も大将さんのところにする話を進めているので学校に来る意味は卒業に必要な数だけ出席をするだけだ。ナイが教室になじめているようならよかった。でも、一週間も顔を見ていなければそれなりの寂しさというものはあるわけで、たまにはナイの教室を覗いてみるのもアリかな、と俺は煙草を空き缶に押し込んで重い腰を上げた。

 一年の教室は体育館のすぐ横の南校舎で、ナイのクラスは三階だ。廊下に面した木製の枠からこっそり教室を覗いてみる。

……いない。

 おさげ姿の小さなナイがいない。他の生徒が俺の風貌にビビっているのも気にせず、じろじろと教室中を見渡した。

「あっ、あの、その」

 背の高いそばかす女子が話しかける。モナだ。

「ミ、ミズなら、国語準備室にいますよ。教室に行くのが怖いって、水嶋先生が」

 国語準備室。水嶋の書斎とは聞いているが、何故そんなところに。

 ナイには「忘れ去られた場所」がある。何故俺のところじゃなくて水嶋のところなんだ?

「おい」

 低い声にモナがビビっていた。

「ナイに何かしたか?」

「し、してません。モナとミズはおともだちです」

「じゃあなんで教室にいない」

 一瞬の間の後に、

「モナが、モナがミズと喧嘩しちゃったから、一緒に居たくな――」

「喧嘩だと?」

 俺はモナの言葉を遮っていた。

「ひっ、ごめんなさい、ごめんなさい、悪いのはモナで、その」

 埒が明かないのでモナの手をひっつかんで教室から連れ出した。

 ナイを守るのは――ナイを殺すのは俺だ。